年間200万足を生産。3Dプリント新素材が切り開く未来——PollyPolymerの挑戦
- 3Dプリンター
- 2025.7.3
- PollyPolymer

「私たちが子どもの頃、靴は町の仕立屋に頼んで手作りしてもらうものでした」
そう語るのは、「PollyPolymer」の創業者である王文斌氏です。
布を重ねて作った千層底の靴、皮革を縫って成形したオーダーメイドの皮靴。今からわずか数十年前までは、それがごく普通の光景でした。けれど今、もし家族に靴を贈るとしたら、王氏は「3Dプリント一体成型シューズ」を選ぶと語ります。
PollyPolymerは、3Dプリント素材の常識を覆した革新的な企業です。かつては「高コスト・低スピード・脆弱性」といった課題により、試作品の領域にとどまっていた3Dプリント技術を、量産の世界へと引き上げたその背景には、新素材開発に懸けた8年の執念がありました。
目次
「進化」ではなく「革命」を――PollyPolymer創業の原点
王氏はもともと建材用高分子素材の研究に従事していた技術者でした。従来の建築・材料業界の変化の遅さに限界を感じていた矢先、彼が目にしたのが「3Dプリンティング」でした。
1984年に登場した3Dプリント技術は、当初から“製造業の第三次革命”と呼ばれていました。しかし実際には、長らくプロトタイピングの域を出ず、商業レベルでの普及は遅れていたのが実情です。
過去数千年の間、私たち人類が利用してきた加工方法は“減法加工”(削る)か“等材加工”(鋳造・射出)という2つの手段しかありませんでした。そこに登場した積層造形(3Dプリンティング)は、理論的には新しいパラダイムでしたが、実用化には大きな壁がありました。
PollyPolymerは、その壁を“素材”という側面から打ち破ろうとしました。高性能・高耐久でありながら、スピードと成型性を両立させる――そのために分子構造から設計し直した新しい液体光硬化材料の開発に取り組みます。
最初の3年間、王氏とチームは毎日失敗を繰り返しました。自ら材料を調合し、機械を改良し、ソフトウェアを組み直す。すべてを内製で行う異例のプロセスは、あまりに過酷でした。
そしてある晩、深夜まで繰り返されたテストの末、ついに正解となる光硬化制御のパラメータが見つかります。それは「神の一手」とも言える、偶然から生まれた“必然の瞬間”でした。

革新の実装:靴産業から始まった変革
「この素材で、何を変えられるのか?」
その問いにPollyPolymerが出した答えが「靴」でした。
実は靴の製造工程は、非常に複雑でコストがかかります。特に従来の3Dプリントでは、靴底だけを製造し、アッパー(上部)は従来の素材・供給網に頼るしかありませんでした。しかしそれでは“真の革新”とは言えません。
PollyPolymerは、靴底とアッパーが一体となった「フル3Dプリントシューズ」の製造に挑みました。使用するのは、独自開発の柔軟性・耐久性に富んだ新素材。これによって、接着や縫製といった工程を排除し、フルオートメーションで靴を仕上げました。
この一体成型シューズは、従来の製造コストの6分の1を実現。また、通気性や衝撃吸収性にも優れ、「軽くて蒸れずに快適」という直感的な履き心地の良さが、多くのユーザーから評価されています。
ゼロから200万足、でもまだ0.01%
PollyPolymerは2025年、年間生産数200万足を突破しました。これは3Dプリント業界にとっては画期的な数字です。しかし、世界全体では年間240億足もの靴が作られており、シェアにすればまだ0.01%に過ぎません。
それでも王氏は語ります。
「3Dプリントの本質的価値は、AIと融合したときに開花します。ニーズをデータで捉え、それに応じて素材が自律的に製造を実行する。そんな未来が、今、すぐそこに来ています」
PollyPolymerは、靴にとどまらず、すでに頭部保護具、枕、マットレス、椅子の座面など、さまざまな用途での展開を始めています。素材そのものが“構造を持つ”ことで、従来の素材では実現不可能だった特性を持たせることが可能となっているのです。

3Dプリントは、まだ始まったばかり
王氏は、3Dプリントが従来の製造業をすぐに置き換えるとは考えていません。今はまだ“補完的な技術”であり、既存の大量生産ラインが主流であることに変わりはない、と冷静に見ています。
しかし、長期的には「製造業の再構築」が不可避だとも言います。
手仕事から始まった靴作りが、今、データ駆動のデジタル製造へと進化する。3Dプリントは、その中心技術となる可能性を秘めています。
そして、それを実現するためには、素材から変えていくことが不可欠――PollyPolymerが今、歩んでいる道は、まさにそのための挑戦なのです。
日本市場をつなぐ架け橋として
この革新的な素材と技術を日本に届け、実用化のステージへ引き上げていく。そのパートナーとして、PollyPolymerの日本市場展開を担っているのが、APPLE TREE株式会社です。
PollyPolymerは、3Dプリント材料の開発にとどまらず、その性能を最大限に引き出すための専用3Dプリンターやソフトウェアも自社開発しています。材料と装置、両面からのイノベーションによって、高精度かつ高効率な製造を可能にしています。
APPLE TREEは、その統合型ソリューションを日本市場に導入・展開する正規パートナーとして、素材と装置の両面に精通した技術サポートを提供しています。素材選定からプリンター導入、運用支援、アプリケーション開発まで一貫した支援体制を構築し、日本企業による3Dプリント技術の実装を後押ししています。
靴をはじめとするウェアラブル製品はもちろん、今後は医療、家具、産業部品、福祉機器など、さまざまな分野への展開が見込まれており、PollyPolymerの統合技術はそうした領域でも新たな可能性を切り拓いていくことでしょう。
大量生産から個別最適へ。単一構造から機能性構造へ。製造業の未来は、静かに、しかし確実に書き換わりつつあります。PollyPolymerとともに、APPLE TREEもその変革の一翼を担ってまいります。